アートを家に飾っている人びと

アートを取り入れるのは少し敷居が高く感じる人も多いのですが、どのような絵を実際に取り入れているかという実際の声を集めました。

 

金運が上がる絵

十年前に、一戸建てに引っ越してきてから、ずーっとマイブームなもの、それは風水です。風水の本を読みあさった結果、風水の要は玄関であると知りました。そこで、どうせ飾るなら風水的に良い物を飾りたいと思い、風水的に良い物を色々さがしていました。すると、水に関する物が良いとありましたので、水の絵を探していました。モネの睡蓮とか水に因んだ有名な作品があり、どれを買おうか飾ろうか?(もちろんコピーです。)と楽しく選んでいると「不幸な生涯を送った作家の絵を飾るのは良くない」とある風水本に書いてありました。(ガクーン)

 

それで色々調べてみると有名な作家というのは大抵、なぜか、家族に見捨てられたり、愛人がいっぱいいたりして、なんだかよく分からないけど複雑な人生だったり、恵まれない生涯を送っている事が分かりました。なぜか、有名な画家ほどこの傾向はありますね。

 

それで有名な画家の絵を飾るというのは諦めました。次に、考えたのが自分で書くと言う事だったのですが、まあ絵心がないので海の絵を描くとなぜか、ただの青一色でよく分からない絵になってしまいました。それで、それも諦めた時にちょうど鎌倉のあじさい寺に行く機会がありまして、そこの近くに葉祥明という現代の画家がの画廊があり、(よく絵はがきの挿絵になっていたりして、センスも良くとてもかわいい絵です)その画廊に入り、私はこの画家の絵に魅せられてしまいました。そこで、ずーっと探しまわった結果、一つの絵に決める事ができました。

 

その絵は大きさはスケッチブックくらいの大きさで、青い青い海の中にポツンと一隻のヨットが浮かんでいるというシンプルな構図なのですが、それがまたかわいくて、大きな海の中をゆったりと進んでいるそんな気がして、一目で気に入ってしまいました。(一目惚れです)その絵を額縁に入れて、玄関の靴箱の上に置いてあります。その絵がシンプルなので、絵の前に花瓶を置くと一輪の花でもとてもセンスよく見えるんです。何となくですが、運が上がっているそんな気がしています。

 

ダリのマンハッタンスカイライン(版画)

私が家に置いているアートはダリ氏が描いた「マンハッタンスカイライン」の版画です。この絵画のサイズは額縁も入れて69cm×89cmなので、比較的大きめの絵画になります。モチーフは絵画の名の通り、マンハッタンの景色ですが、そこにダリ特有のデザインで月や動物の絵が散りばめられている上、絵画の端にはシリアルナンバーやサインも記されています。

 

この絵は自宅のリビングルームの壁に貼っており、いつでも絵を眺められるように配置しています。例えば、ダリ氏を始めとする著名な画家の描いた原画を所有するのには莫大な資産が必要になり、全ての人が所有できるわけではありませんが、版画ならかなり安価で手に入れることができる上、シリアルナンバーのついた絵画を手にすれば、とても気分が高揚しますし、クオリティもそれなりに高いので、眺めるだけで特別な気持ちを味わうことができます。

 

普段、何気なく過ごす空間にアートを取り入れることで日々の生活に彩りを加えることができるのは絵画を所有することの醍醐味のひとつと言えます。

 

春を待ち焦がれる

美術品とかアート作品とか大層なものはなにも無いですが、この家で暮らすようになってからずっと、我が家の居間に飾られているのはなんの事はない、一応額に入ってはいるけれどたぶんそれ程価値もないであろうシルクスクリーンの風景画。新築のお祝いに施工会社さんから頂いたものです。

 

玄関ホールから居間に通じるドアを開けると1番に目に入る位置に飾られている絵は、A3程の大きさの中には少し早い春を待ち焦がれて咲いてしまったような水芭蕉の花々が描かれていて、水芭蕉達の後ろにはもう少し先の暖かさを待っているかのような白樺の木々が淡く優しい色使いで描かれています。
それほどインパクトのある作品ではなく、気が付けばそこにホワッとあるような、もう既に壁の一部と化しているようなシルクスクリーンの絵画です。だけど外してしまうと落ち着かない。伊達に長年この家の一部して共にあった訳ではなかったのだなぁ、と掃除の為に外したりすると思ってしまうのです。

 

この作品が家にあるからといって部屋が豪華に見えたり、引き締まって見えたりすることはありませんが、この何気無くほんわかとした春のおとづれの絵が私はなかなか気に入っています。ひっそりと優しく、けれど実は生命力に溢れている。春の息吹は凄いな、素敵だなと思えるので。

 

まだ寒さを感じる春先に咲き誇るこの水芭蕉の絵と一緒にまだまだこれから我が家も過ごしていくのだと思っています。

 

何気無く、でも精一杯咲き誇っていけたらな、と。